Q太郎の『いぎなり怒らった』

~しみわたる一杯の水~

今回のアメフト・反則問題について ~ほんとうの原因はどこにあったのか ーー日大の姿勢は表層に過ぎない

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今回の日大アメフト部の試合中に悪質な反則が起きた問題について、連日さまざまな意見が飛び交っている

 

しかし、この一連のやりとりを見ていて、とりわけ日本大学の広報部のコメントを目にし”既視感”にとらわれたという人は私だけではなかっただろう

 

「・・・なんか同じようなやりとりをどこかで見たような気がするけど・・・」

 

”既視感(デジャヴュ)”とは本来の意味では「ほんとうは見たことはないのだがなぜだか不思議と見たことがある気がする」ということになるだろうけれども、今回のは違う

 

実際に見て、耳にしている

 

それも私一人の個人的な体験ではなく

 

ずーっと同じようなやりとりを耳にし続けてきた、この何か月

 

日本全体がもう、耳に慣れてきていたはずだ

 

このやりとりが

 

今回、日大の試合でラフプレーがあったことで一番得しているのは誰だろうか?

 

ワイドショーの見出しトップは一気にこの問題に一色に塗りかえられた感がある

 

国会での野党の追及は、現在、新しい段階に進みつつある

 

どういうわけか、次々に新しい資料が出てくる

 

「都合の悪いことは隠そうとしているんではないか?」

 

どんなに国会に興味がない人であっても、そんな疑問を持たない人がいるだろうか

 

「指導者による指導と選手の受け取り方に乖離(かいり)が起きていたことが問題の本質と認識しており・・・」*1

 

というのが日大が大学として出した回答だった

 

こうなってしまってはもう取り返しがつかない

 

猫も杓子(しゃくし)も、国会答弁を真似しはじめている

 

今や、北朝鮮があまりにもミサイルを発射するものだから、まだ字も読めない幼稚園児でさえミサイルは「キタチョーセン」から来るということを知っている

 

そのうち保育園児ですら

 

「あいつが勝手にソンタクしたんだ、ボクわるくないもん!」

 

などと言いだすのではないか

 

加えて大学というのは教育を行う場所だ

 

つまり人をつくる場所だ

 

そこで作られた人々が、社会にはばたいていく

 

あるいははばたけずいく

 

そのひとりひとりが世の中を結局作っている

 

そう考えれば高度な公益性、公共性をもった事業体だと言うこともできる

 

その事業体をもってしてこの醜態をさらしている

 

二十歳そこそこの、若いと言っても言い足りない若者である

 

その人に記者会見までさせてしまっている

 

見上げた根性とでも言えばいいのか

 

いったい、この丸刈りの、さわやかな風のある青年を見て特攻隊の青年たちのことを思い出した人も多いだろう

 

いったい、どうしてこうもいつの時代も若者が犠牲になるのか?

 

日本という国は70年前から一歩も進歩していないというのか?

 

もういちど聞きたい、猫も杓子(しゃくし)も、なのだ

 

猫もしゃくしも真似しはじめてしまっている

 

あまりにもニュースで、テレビで、新聞でネットで毎日のように同じような話を聞かされて、もうすっかり覚えてしまったのである

 

こうなってしまっては、首相が直接かかわったかどうかなんていうのはどうでもよくなってしまっている

それを通りこして事態は進行してしまっている

 

国会論戦はおおいに結構だが、

 

私は問わずにはいられない

 

「総理、あなたは今回、反則問題について責任を感じないのですか?」

 

 

 

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KeithJJ

 

 

*1:第51回定期戦における弊部選手による反則行為に係る貴部からの申し入れに対する回答について(関西学院大学フットボール部が5月10日行った申し入れに対し、日大アメリカンフットボール部は加藤直人部長、内田正人監督名において5月17日、回答書を提出した)

今回のアメフト・反則問題について ーーほんとうに恥知らずなのは独り日大だけなのか?

今回の日大アメフト部の試合中に悪質な反則が起きた問題について、連日さまざまな意見が飛び交っている

 

しかし、この一連のやりとりを見ていて、とりわけ日本大学の広報部のコメントを目にし”既視感”にとらわれたという人は私だけではなかっただろう

 

「・・・なんか同じようなやりとりをどこかで見たような気がするけど・・・」

 

”既視感(デジャヴュ)”とは本来の意味では「ほんとうは見てはいないのだがなぜだか不思議と見た気がする」ということになるのだろうけれども、今回のは違う

 

実際に見て、耳にしている

 

それも私一人の個人的な体験ではなく

 

ずーっと同じようなやりとりを耳にし続けてきた、この何か月

 

日本全体がもう、耳に慣れてきていたはずだ

 

このやりとりが

 

今回、日大の試合でラフプレーがあったことで一番得しているのは誰だろうか?

 

ワイドショーの見出しトップは一気にこの問題に一色に塗りかえられた感がある

 

国会での野党の追及は、現在、新しい段階に進みつつある

 

どういうわけか、次々に新しい資料が出てくる

 

「都合の悪いことは隠そうとしているんではないか?」

 

どんなに国会に興味がない人であっても、そんな疑問を持たない人がいるだろうか

 

「指導者による指導と選手の受け取り方に乖離(かいり)が起きていたことが問題の本質と認識しており・・・」

 

というのが日大が大学として出した回答だった

 

こうなってしまってはもう取り返しがつかない

 

猫も杓子(しゃくし)も、国会答弁を真似しはじめている

 

今や、北朝鮮があまりにもミサイルを発射するものだから、まだ字も読めない幼稚園児でさえミサイルは「キタチョーセン」から来るということを知っている

 

そのうち保育園児ですら

 

「あいつが勝手にソンタクしたんだ、ボクわるくないもん!」

 

などと言いだすのではないか

 

加えて大学というのは教育を行う場所だ

 

つまり人をつくる場所だ

 

そこで作られた人々が、社会にはばたいていく

 

あるいははばたけずいく

 

そのひとりひとりが世の中を結局作っている

 

そう考えれば高度な公益性、公共性をもった事業体だと言うこともできる

 

その事業体をもってしてこの醜態をさらしている

 

二十歳そこそこの、若いと言っても言い足りない若者である

 

その人に記者会見までさせてしまっている

 

見上げた根性とでも言えばいいのか

 

いったい、この丸刈りの、さわやかな風のある青年を見て特攻隊の青年たちのことを思い出した人も多いだろう

 

いったい、どうしてこうもいつの時代も若者が犠牲になるのか?

 

日本という国は70年前から一歩も進歩していないというのか?

 

もういちど聞きたい、猫も杓子(しゃくし)も、なのだ

 

猫もしゃくしも真似しはじめてしまっている

 

あまりにもニュースで、テレビで、新聞でネットで毎日のように同じような話を聞かされて、もうすっかり覚えてしまったのである

 

こうなってしまっては、首相が直接かかわったかどうかなんていうのはどうでもよくなってしまっている

それを通りこして事態は進行してしまっている

 

国会論戦はおおいに結構だが、

 

私は問わずにはいられない

 

「総理、あなたは今回、反則問題について責任を感じないのですか?」

 

 

 

 

 

お皿洗いの効用(その3)~ティク・ナット・ハン氏と”マインドフルネスの奇跡”~

< 前回の記事へ

彼らに共通するのは、決して皿洗いをイヤイヤやっているわけではないということだ
 
小林弘幸氏は自律神経の仕組みを専門にしている医師だ

「自律神経研究の第一人者」とされ、彼の書いた本は今やコンビニでも一番目立つところに置かれている


彼がすすめる皿洗いのやり方は次のようなものだ
 

気持ちを込めて一枚一枚洗いましょう。そんな自分自身の存在や、シャボンや水の手触りも楽しみましょう。そして「きれいになっていくのは、気持ちいいなあ」と実感して下さい*1

 


ちなみに小林氏は著書の中である実験の結果を紹介している
その実験の趣旨は一言でいえば


マインドフルネスを皿洗いに応用したらどうなるか


ということを調べようとしたもの


2015年にこの実験を行ったのはアダム・w・ハンリー氏らフロリダ州立大学の研究グループ

もともと医師ではなくマインドフルネスの研究者らしい

 

これによると、やり方によっては皿洗いがストレスを軽減に効果がみられたというのだ
 

【マインドフルネスとは?】
マインドフルネスはここ数年、グッと注目度を増しているようにみえる
これもいちおう一言で説明すれば、ようするに「瞑想(めいそう)」のことだ

高校球児が「平常心」を鍛えるために座禅(ざぜん)に取り組んだという話はよく聞くが、これも瞑想の一種と言える
「瞑想」と聞くとなにかお坊さんが修行のときにやるイメージや、宗教的な色合いも感じられるかもしれない

ここから一切の宗教色をのぞいたものがマインドフルネスと呼ばれている

 

このマインドフルネスに対して、「宿命のライバル」ともいうべき存在がある

それは「キラーストレス」だ

人間の心と体を猛烈な勢いでむしばむ「悪の元凶」といえるだろう

(たとえるなら「ハリーポッター」に対する「ヴォルデモート【闇の帝王】」、「ジェダイの騎士」に対する「ダークサイド」のようなものだ)

 

たとえ小さなストレスであっても、それがいくつも重なると命にかかわる病気を引き起こすということが科学の進歩によってわかってきている

 

マインドフルネスはこれに対抗する有効な手段としても注目されてきた

 

ではどんな風に皿洗いをすればよいのか。

 

一言でいえば「今、ここに集中する」ということに尽きる

 

たとえば、ブツブツ言いながら皿を洗っている女性がいる

 

「このあと子供を風呂に入れなくちゃいけないし、あすは会社に早くいかなくちゃあいけないから忙しい、早く皿を洗ってしまわなきゃ」

 

もしくは子供に向かってこんなことを言いながらーー

「宿題やったの⁈ 寝る準備しなさい!ああ、今日は仕事で疲れたからお茶でも飲んで早くゆっくりしたいのにー・・・!」

 

筆者は毎日目にするのも筆者に限ったことであるまい

 

これに対して、マインドフルネス的な皿洗いはちょっと違っている

 

つまり「今」、「ここ」で皿を洗っている自分、皿や水の手ざわり、温度、洗剤の香りやシンクに立っているという感覚、皿を置く音、台所の明るさや暗さ、自分のしている呼吸、etc…

今感じているそれらのことに意識を集中させる、ということだ

 

そうすることにより、想起してくる一切の想念を排除し、小林氏が言うように今自分が皿洗いをしていることをゆっくりと味わうのである

 

そんなふうにして皿洗いをしたグループはそうでないグループに比べ、皿洗いをした後にはイライラした気持ちが落ち着いてくるという実験結果が出たのだ

*2


そして前述した小林氏がすすめている皿洗いの心得というのも、この研究をふまえたものだ

 

 

しかし、これは考えてみれば当たり前の結果だ

 

「あれもしなきゃ、これもしなきゃ、早く休みたい、」

 

そういったことばかり考えてやる皿洗いが楽しいとも思えない

 

所さんの話を聞いてもやはりこのことがわかる

 

”食器を洗うのでも、タイムを計りながらやってみる。お皿10枚を今日は1分20秒で洗った。昨日より5秒も縮めた。明日はあと2秒縮めて記録を作ってやろう”(2017年『PHP』10月増刊号より)*1

 

いろいろ考えているようでいて皿を洗うことに集中している

 

ところでこの研究結果が発表されたことによって"マインドフルネス的な皿洗い"というのが2015年ごろから注目を集めたわけだが実は論文を読んでみると、じつは元ネタとなっている本がある

40年ほど前に出版された禅宗の僧侶の本だ

 

彼の名はティク・ナット・ハン

日本でも多数の著作が翻訳・出版されている著名なお坊さんだ

知る人ぞ知るマインドフルネスの立て役者とも言われる

 

アダム・w・ハンリー氏らによって”皿洗いがストレスを軽減する”という実験結果が出されたということは海外のニュースサイトでも何度も取り上げられ一時注目を浴びたようだが

本当にすごいのはマインドフルネスだ

実験においてハンリー氏が参考にしたのはティク・ナット・ハン氏の著書”The Miracle of Mindfulness”(気づきの奇跡)

 

この本の一節に皿洗いについて書かれた部分があり、実験の参加者はこのやり方で皿を洗うよう促されていたのだ*3

 

このハン氏の著書、最初に出版されたのは1975年

 

もうずいぶんな年月が経っている

 

ベトナム戦争という悲しい歴史を体験した彼は、マインドフルネスが世界に平和を広める手段だと信じ欧米でそれを実践していった

 

The Miracle of Mindfulness”は、彼がベトナム戦争のさなか、友人のために書いた「瞑想の手引き」書だ

 

この本はその後なんども邦訳され、そのほかにも数多くの彼の著書が日本にも紹介されている

 

それだけ現代的にも意味を持つ内容が書かれているということも言えるし、またマインドフルネスへの注目が高まってもいる

 

近ごろではGoogle社でやはりマインドフルネスをテーマに講演を行ったことでも注目された

 

しかし、本をただせば紹介されているのはブッダの瞑想法だ

基本的には仏教の経典に沿って瞑想のやり方が紹介されている

一般にもわかりやすい形で書かれた優れた指南書になっているために、こうして今なお大切にされていると見える(ちなみに私が行く図書館では今日もこの本の邦訳は貸し出し中になっていた)

 

 

ーーさてビル・ゲイツ氏が皿を洗うときに(おそらく今日も自分で洗ったかもしれない)マインドフルネスを意識してやっていたか、それとも別な考えでやったかは計りしれないが

 

ふしぎと様々な方面のひとかどの人物が皿洗いについてコメントしているということが面白い

 

所ジョージ氏はこうも言っている

 

”同じやるのなら楽しんだ方が勝ち。要は、楽しいものが最初から存在するわけではない。いかに楽しく工夫するか。いかに楽しさを引き出すか。それに尽きると思う。”(前出書)

 

角度はちがうが同じことを言っているようにも見える

 

 「面白き ことともなき世を 面白く」

 

維新の志士の辞世の句が思い出される

 

 

お皿洗いの効用(その1) - Q太郎の『いぎなり怒らった』

*1:『自律神経が整えば休まなくても絶好調』2017年ベスト新書

*2:ハンリー氏らの研究によると、「マインドフルネス的」な皿洗いには「いらだち」の感情を軽減する効果があるという結果が出た。ただしこの研究はたった51人の学生を対象にしたものにすぎない。研究としてはさらなる検証を必要とすることは言うまでもない。しかしすでにマインドフルネスがストレスに対して有効であることについては明らかにされつつある

*3:

While washing the dishes one should only be washing the dishes. This means that while washing the dishes one should be completely aware of the fact that one is washing the dishes. At first glance, that might seem a little silly. Why put so much stress on a simple thing?But that’s precisely the point. The fact that I am standing there and washing is a wondrous reality. I’m being completely myself, following my breath, conscious of my presence, and conscious of my thoughts and actions.There’s no way I can be tossed around mindlessly like a bottle slapped here and there on the waves.If while washing dishes, we think only of what we would rather do, hurrying to finish the dishes as if they were a nuisance, then we are not “washing the dishes to wash the dishes.” What’s more, we are not alive during the time we are washing the dishes. In fact we are completely incapable of realizing the miracle of life while standing at the sink. If we can’t wash the dishes,the chances are we won’t be able to drink our tea either.While drinking the cup of tea, we will only be thinking of other things, barely aware of the cup in our hands.Thus we are sucked away into the future—and we are incapable of actually living one minute of life

Washing Dishes to Wash the Dishes: Brief... (PDF Download Available). Available from: https://www.researchgate.net/publication/281608722_Washing_Dishes_to_Wash_the_Dishes_Brief_Instruction_in_an_Informal_Mindfulness_Practice?enrichId=rgreq-ac2462657178547f1338145a5e115fea-XXX&enrichSource=Y292ZXJQYWdlOzI4MTYwODcyMjtBUzoyNzI1Mjk5NTI2MDQxNjFAMTQ0MTk4NzYxMjQ0OQ%3D%3D&el=1_x_2&_esc=publicationCoverPdf [accessed May 19 2018].

毎日、会社で腹を下していた私が快適な「腸生活」を手に入れるまで(4)~「小さな豆」への「大きな誤解」~

< 前のページへ

 

じつは納豆も消化しづらい食べ物の一つです

 

納豆と言えば発酵食品だし、健康にいいとされる食べ物の代表格と言っても過言ではないでしょう

 

水に溶けるタイプの食物繊維も豊富に含まれていることから、ほんとうはお腹の調子を整えるという意味でもとっておきたい食品であることには違いないのです

 

ところがここに一つだけ難点があります

 

それが消化しにくいということです

 

◆納豆は消化しやすい食べものか

 

これももちろん個人差があります

 

納豆何パック食べても平気だ、という人もいればパック半分食べただけでも具合が悪いという人もいます(私のように)

 

ただし納豆が消化しにくいと言っても、ニンニクのように食べてすぐ下すというわけではありません

 

たとえば食パンとかお茶漬けというのは、朝食べてから会社に行き、仕事をしていればあっという間にお腹がすいて来るのがわかります。

 

どちらもひじょうに消化しやすい食べ物です

 

ところが”朝、ガッツリ食わないとダメだ”と意気込んで納豆ご飯にお味噌汁という典型的な朝ごはんを食べてくる。そうするとハラもちが良くて助かる代わりにいつまでたってもお腹がすいてこない。それだけじゃなく重苦しい不快感がいつまでも胃のあたりに残っている

 

そんな状態になった経験はありませんか?

 

そしてだいたいその後お腹の調子がいいということはありません。

 

そんなことが起こるのは、いったいナゼなのでしょうか?

 

ヒントは意外なところに転がっていました

 

 

◆豆の消化をさまたげるもの

 

あるとき、帰省した私は父とビールを飲んでいました

 

サラリーマンだった父は退職後に実家の畑にいろいろな野菜を植えるのを楽しむようになっていました

 

もともとは「野良仕事」をきらって花ばかり育てていた「園芸家」の父でしたが、気がつくと花づくりで培われていたスキルをそのまま応用しプロ顔負けの”野菜作りの達人”になっていました

 

その収穫物の中に枝豆があり、ビールのあてとしてその日の食卓に並んだのです

 

ところが父はそのとき意外なことを口にしました

 

「今年は豆が豊作だ。こんなにとれても、ひとにあげるにも限界があるし最後には自分で食べるんだけど食いすぎると腹をこわすんだよ

 

そりゃあ、なんだって度を過ぎて食えば腹をこわすでしょう。しかしかれはもう一つ、重要なことを付け加えました

 

「でも食う時にこのうす皮を出して食えばなんぼ食ってもだいじょうぶだ・・・」

 

 

ーー枝豆というのはよく見ると外がわの固いカラのほかに、豆ひと粒ひと粒にさらに薄い皮が一枚かぶっています。彼が「うす皮」というのはこれのことです。これさえ食べなければいくら食べても平気だよ、と彼は言うのです

 

そんなことがあるだろうか…と思って彼の言う通りにしましたが、その日は飲み過ぎたこともあってか腹をこわしました

 

しかし、あとでよく考えてみると確かに薄皮とはいえ消化の負担になったとしてもおかしくはないことに気づきました

 

 

●そら豆と薄皮

そら豆という豆があります

 

あれが本来どんな形でなっているか見たことがあるでしょうか

 

私は昔、日本料理の仕事であの豆をダンボール何個分かせっせとむいては仕込みをしていたことがあるのでなじみがあります

 

じつはそら豆は漢字で書くと「蚕豆」と書きます。「」は”かいこ”と読みます

 

まるで蚕がさなぎにくるまるようにふわふわのベッドのなかで豆は育つことからこのように表記されています

 

そしてこれは、枝豆が外側の固いカラにおおわれているのとよく似ています

 

ところで時期になると居酒屋のメニューにも「そら豆」が並びます(料理屋のおすすめメニューに「蚕豆」と書いていたらそら豆のことです)

 

だいたい枝豆と同じように塩ゆでしたものが提供されますが、ふつうそら豆の薄皮を食べる人はいません

 

固くて食べづらいからです

 

これは揚げたそら豆のことを考えるともっとわかりやすくなります

 

そら豆と言ったらこっちの方がピンとくるという人もけっこういるでしょう

 

スーパーの乾きものコーナーでもよく見かける”揚げた”そら豆は、外がわが固いカラにおおわれています。フライされて中身も皮も茶色く変わっていますが、もともとはどちらも枝豆と同じようにきみどり色をしています

 

このカラはいくら噛んでもなかなか噛み砕かれず、結局は口の中に残ってしまいます。

 

この固いカラを見て、消化しやすそうだなと考える人はまずいないでしょう

 

このように考えてみると、(農家である父が言うように)枝豆のうす皮だって同じように消化しづらかったとしても不思議はないよなーーそういう結論に至ったわけです

 

 それで私はまず、枝豆の薄い皮を食べるのをやめました

 

 ◆エダマメ=大豆?

 

こうして枝豆の薄皮を食べることをやめた筆者でしたが、このときはまだ納豆の食べ方を変えるまでには至っていませんでした

 

あいかわらず朝食に納豆を食べては、お昼までなんとなく胃の辺りの不快感がぬぐえない・・・ということを繰りかえしていたのです

 

しかし、そのうちに”自分は納豆をくうと腹の調子がわるくなるのではないか?”という疑問は芽生え始め、それと同時に”体にいいはずの納豆がお腹に悪いはずはない、こんなうまいものが体に悪いなんて、信じたくない。みんな平気で食っているし…”という思いとが葛藤するようになりました

 

そんな中で、ある考えが頭に浮かびました

 

「・・・納豆って大豆を発酵させたものだよな?・・・枝豆も大豆だ、って聞いたことがあるぞ(なんかカタチがちがうけど)・・・そういえば納豆のマメにもうすい皮(殻)みたいのがついてるけど・・・あれってもしかしてエダマメについているうす皮とおなじものなんじゃないか?」

 

そうなのです。

 

じつは枝豆と大豆というのは同じものなのです

 

これは聞いたことがある、という人は多いでしょう

 

畑に大豆の種(=大豆のマメそのもの)を蒔いて育てると、何ができるかというともちろん大豆ができるのですが、その前にあるものができます

 

それが枝豆です

 

枝豆というのは(学者の言葉を借りれば)「大豆の若もぎ」、つまり若いうちにもぎとったものなのです

 

豆の枝にぶらぶらと生えることから枝豆と言われるんだろうということが容易に想像がつきます

 

この青々とした枝豆を、とらずに放っておくとだんだんと豆のさやが茶色く枯れたように変色してきて、さいごにはまん丸い大豆ができます

 

”枝豆と大豆は同じもの”

 

(・・・なんどもそんな話を聞いたことはあるが、それって本当にほんとだろうか?)

 

そんなふうに思っている人は私だけではないと思うのですが、このように簡単には信じがたい理由として挙げられるのが第一にどう見てもエダマメと大豆ではカタチがぜんぜん違います

 

大豆(ダイズ)というのはまん丸い形をしていて色は白っぽく、持つと重さも軽く感じますが、それに対してビールのつまみとしてよく食うエダマメというのはきみどり色をしていてなんとなく平べったく、少し反ったような形をしていることもあります。食べた感じもぜんぜん違います

 

ですから”同じものだよ”と言われても今いちピンとこないのもむりはありません

 

ですが。

 

間違いなく枝豆とダイズは同じものです

 

なんでそんなことが言えるのか。

 

去年ベランダで育てたからです。

 

(つづく)

 

 

毎日、会社で腹を下していた私が快適な「腸生活」を手に入れるまで(3)~悪魔の辞典【ハライタ編】~

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本当に申しわけないけれども世の中にはいろんな食材があって、どの食品がアンチエイジングに効いて、どれを食べればインフルエンザの予防に効果があって、どれを食べれば健康長寿でいられるかという話は巷にあふれています

 

が、では

 

何を食うとお腹をこわすか

 

なんていう情報はまずテレビなんかで紹介されることはありません

 

そんな雑誌の特集記事をみたこともないし

 

そんなことをしたところで、せいぜい生産者やメーカーから苦情が来てしまうのがせきの山でしょう

 

だからほんとうに申しわけないけれども、ここに書かせていただきます

 

関係者のみなさん、ごめんなさい

 

◆ピーナッツ

ずーっと、何も考えずに食べてきました

 

私の場合、よくおやつ用として「柿ピー」が家に用意されていたので小腹がすくと食べていました

 

似たようなものでベビースターラーメンとあわさっているものもあります

 

どちらも酒のおつまみとしても人気があるでしょう

 

歯ごたえもあるし、柿の種といっしょに食べると食いごたえもあります

 

一日に20粒食べると血液がさらさらになる効果があるそうです

 

しかし、お腹が弱っている人がたべてはいけません

 

あくまで経験上の話ですが筆者のような人々にとって、非常に消化しにくい食べ物であることは間違いありません

 

まず意外に油分が含まれています

 

試しにフライパンでピーナッツをあぶってみるとほんのりと照りが出てきます

 

豆の中から油が染み出ているのです

 

ピーナッツにオイルが豊富に含まれることを示す逸話にはことかきません

 

お酒のつまみにピーナツを食べるのはアメリカでも同じですが、アメリカのある地域の居酒屋ではビールのつまみとして食べた落花生のカラをぜんぶ床に投げ捨てます

 

一見、お行儀が悪いようですがじつはこれには意味が。

 

よく見ると床がピカピカになっています

 

じつはピーナッツの殻から出る油が自然のワックスになっているのです

 

ピーナッツは殻(から)でさえこんなに油が入っているのです

 

 

さてピーナッツのもう一つの特徴は食感です

 

ピーナッツというのは、もともと生の状態ではもっと柔らかいものですが、私たちがこの生のピーナッツにお目にかかる機会というのはまずありません

 

ふつう、加工する工程で一定の時間をかけて焙煎(ばいせん)されているのです

 

その結果、物理的にカッチカチになっています

 

これによって、特有の”ポリッ、ポリッ”という食感と香ばしさが生まれます

 

一方で、いっそう消化しにくくなっているとも考えられます

 

一般に食べ物はカタいものよりやわらかいものの方が消化がいいと考えられています

 

たとえば病気の人には昔からお粥(かゆ)を食べさせます

 

ふつうのご飯をたべるよりも消化しやすいので胃腸の負担を軽減できます*1

 

逆に一度炊いたご飯であっても、干からびてしまうとやはりカッチカチになって食べられません

 

ピーナッツを焙煎(ばいせん)するという行為は、ふっくらしたご飯を乾燥させるのに似ています

 

 違うのは焙煎したピーナッツはおいしいという点だけです

 

◆にんにく

これも昔はなにも考えずに食べていました

 

スタミナと言えばニンニク、においの素となるという欠点があることを除けば体にいいことしかない、元気の源だと信じて疑いませんでしたし実際そうなのでしょう*2

 

しかしニンニクに含まれる辛み成分でもある”アリシン

 

元気のもととされるこの物質は、人によっては腹痛の原因にもなるということをナゼもっと早くに教えてくれなかったか・・・

 

牛乳や乳製品のばあいは「乳糖不耐症」などというありがたくもない呼び名がありますが、それだったらこのアリシンにかんしても「アリシン不耐症」という症名を用意してもらいたいぐらいですが・・・

 

(・・・それは筆者の愚痴として置いておいて)とにかくこの”アリシン”という物質はニンニクのほかにも同類のたくさんの野菜類に含まれておりまして油断なりません

 

 

◆長ネギ(長葱)

私は以前、みそ汁の薬味として長ネギを小口に刻んで水にさらし、みそ汁に入れて食べるのが好きでした

 

しかしやはり腹痛の原因であるということがはっきりしたのでそのときから生で食べるのはやめました

 

残念ながら、例の”アリシン”は長ねぎにも入っています

 

ラーメン屋に行ったとき、ネギラーメンにチャレンジするがそのたびに失敗に終わっているという人もいるかと思います(私のように)

 

悪いことは言いません、そのかたはその挑戦はもうやめましょう

 

ネギラーメンが食えないぐらいで、男がすたることはありません。

 

引く勇気というものもあります

 

 

◆行者ニンニク

行者ニンニクというのは聞いたこともない、食べたことがないという人もいっぱいいるかと思いますが、ニンニクの味がする山菜です

 

ニンニクとは名前もちがうし山菜だし、見た目も別ものだ・・・と思って食べてみるとやはり味も香りもニンニクと同じ

 

そして(余計なことに)食べた結果も同じ、ということになります

 

お仲間には注意が必要でしょう

 

天ぷらにしても結果は同じです

 

あきらめましょう

 

 

◆食えるネギもある

じゃあ自分は一生ネギを食うのはあきらめなくちゃいけないのか、と聞きたくなると思いますがそんなことはありません

 

なにごとも程度の問題というのがあります

 

ネギも同じです

 

もちろん鍋物などにしてしっかりと火を通せば問題ないのですが、「私はきざんだネギの香りを楽しみたいんだ」という人は万能ねぎを使えばいいのです

 

万能ねぎというのは袋には「小ねぎ」などと書いて売られている、直径数ミリ程度の細いネギのこと

 

普通は束(たば)で売られています

 

正式名称をなんというのか知りませんが、私が以前和食のお店で働いていたときに親方が略して「バンネギ、バンネギ」というのでそう呼ばせてもらっています

 

”包丁の練習”のために菜切り包丁で何度きざんだかわかりませんが、とてもいい香りがして食欲をそそります(そして目にしみます)

 

寿司ネタで”マグロ中落ち”の軍艦とか、青もの、烏賊(いか)などの握りの上に薬味として載っています

 

目にも鮮やかで香りもスッと鼻にぬけて私は大好きです

 

そしてどういうわけか、この万能ねぎだけは食べても平気なのです

 

ざる蕎麦(そば)や味噌汁(みそしる)の薬味として、きざんだ長ネギを食べてお腹をこわしたということはあっても万能ねぎ(小ねぎ)でなったということはないのです

 

しかしネギとしての香りは長ねぎに勝るものがあります

 

そういうわけでわが家の冷蔵庫にはしばしばこの刻んだ万能ねぎがタッパーに用意されています

 

家族も「きざんだ長ねぎはネギ臭くて嫌いだ」とは言うけれども「万能ねぎは食べられる」と言います

 

子供でも食べているぐらいです

 

見た目にも料理のアクセントになり、汁物はもちろんのこと煮物や揚げ出し豆腐といった揚げ物まで、さまざまな料理に応用がききます

 

qtaro-kujo.hatenablog.com

 

 

*1:病気の人にお粥を食べさせることには二つのメリットがあります。第一に病気の人の胃腸の負担を軽減すること、第二に消化に費やすエネルギーを減らすことで、本来もっとも優先すべき”病気とのたたかい”に体力を集中することができる、という点です

*2:昔、私が通っていた学校の近くにラーメンがあり、そこの名物に”スタミナラーメン”というのがあってニンニクのみじん切りが大量に入っていた

毎日、会社で腹を下していた私が快適な「腸生活」を手に入れるまで(2)

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そんなわけで、まず私がお腹の調子を整えるために試したのは

 

晩ご飯を軽く済ませる

 

ということでした

 

言葉にしてしまうととても単純です

 

しかしこれを本当に実行するとなると思いのほか困難がつきまとうチャレンジとなりました

 

 

ところでこんなことわざを耳にしたことはないでしょうか

 

”朝は王様のように、昼は貴族のように、夜は貧者のように食べよ”

 

ーこの格言にはいろいろなパターンがあるようです

 

「王様」が「皇帝」であったり「貧者」が「乞食」であったり・・・

 

しかしそのどれにも共通しているのは

 

 朝→昼→晩

 

の順番に豪華な食事から質素な食事にするようにすすめている点です

 

ことわざですので、なぜそうするのかという理由や目的などがはっきりと示されているわけではありません

 

だからこれを”ダイエットに効果がある”というふうに紹介しているサイトもあります

 

しかし私にはこれがどうしても”消化にいい食べ方””お腹にやさしい食べ方”を教えたものに思えてなりませんでした

 

そんなわけでとにかく試してみることにしたのです

 

消化に時間がかかると言われるものはできるだけ朝もしくはお昼に食べるようにし、夜はそれ以外の野菜とか豆腐といった軽めのものをとるようにしました

 

◆ 揚げ物は敵か

まず夕食でさけることにしたのが、胃もたれの原因の代表格とも言える揚げ物です

 

たとえば自分の家の話をすると、多くの家庭がそうであるように食事のしたくをするのは主に妻の仕事です

 

彼女はいつも仕事が終わったあとにスーパーで買い出しをして、それから食事の準備をしますがそのとき決まって言う言葉があります

 

「今日は疲れたからスーパーでコロッケフライを買ってきた」

時間がなかったからお惣菜買ってきた」

 

仕事で疲れて帰ってきて、手のこんだ料理をする気力は残っていない・・・(正直、一抹のさびしさが感じられますが)これは無理もないことだと思います

 

つまり食事の支度をするひとが仕事を持っている場合、どうしてもスーパーのお惣菜に頼りがちになる、そして一番手軽なのが揚げ物だ、という自然の流れがあるということです

 

ひとり暮らしの場合などでも同じでしょう

 

だからこそスーパーに行ってコロッケが売っていないという日は絶対にないし、どの食料品店に行っても必ず天ぷらとフライが並んで売られています

 

少なくともここに消費者の切実な要望があることは確かであり、これに応えられなかったお店はおそらくしずかに消えていったとしても不思議はありません

 

フライや天ぷらといったものは、極端にいえば買ってきたものをそのまま出せばそれで済んでしまうし、なんとなく食事の主菜・副菜として形にもなります

 

子供もよろこぶとなればなおさらでしょう

 

ーーただし、それは食事の支度をするといことの話です

 

腸の都合はまた別です

 

油というのは消化するのに時間がかかります

 

これは多くの人が感覚的に理解していると思います

 

「ブタのロース肉を1キロ食べて下さい」というのと「ブタの背脂を1キロ食べて下さい」というのとどちらか選んでといわれたら、10人中10人がロースを選ぶでしょう

 

 それだけあぶら身はもたれる、ということを誰もが経験してわかっているということでもあります

 

 

 ◆魚が減って肉が増えるわけ

次に消化しにくいものとしてあげたいのがです

 

味がしっかりしているので焼けばそれだけでもおかずになる

 

料理番組を見ても、まず肉を使わない料理を探す方がたいへんだというくらい一般的な食材と言っていいでしょう

 

豚肉にせよ牛肉にせよ、晩ご飯に出やすい食材ではないでしょうか

 

魚の消費が減っているとさけばれて久しいですが、これにはそれなりの理由があります

 

たとえば一度でも家庭で焼き魚を焼いたことがある人であればわかるかと思いますが、魚を焼いたあとの後始末は大変です

 

これはプロであっても骨が折れる作業です

 

私は以前仕事で毎日魚を焼いていましたが、魚を焼くグリルを洗う作業というのはいつやっても気が重かったという記憶があります

 

魚というのは意外にあぶらが多く、においもきついものです

 

そして焼くとその脂がグリルに落ちて、強いにおいも残ります

 

さらに焼き網はコゲつきやすいし、考えただけで魚を焼こうという気は失せます

 

そんな背景もあって、女性が仕事をしながら

 

(でも家族に手料理を食べさせたい)

 

と考えたときに、「じゃあ肉でも焼くか」と考えても何の不自然さもありません?

 

「女性の活躍」「社会進出」ということが進んできた結果、揚げ物は食卓になくてはならないものになっていき、一方では魚の消費が減ってその代わりに肉の消費は増えたーー長年スーパーなど食料品業界にたずさわってきた人であればうすうす感じているのではないでしょうか?

 

 

しかし、一方で(私も肉を食べるのが大好きですが)消化の面で大きな負担になっているのではないか、と疑っていました

 

特にハンバーグなどに使われるひき肉には初めから肉の脂身をわざわざ混ぜ込んでいます(挽き肉にはけっこうな割合で脂身が入っています)

 

そんなわけで、まずこれら揚げ物と肉を夜はあまり食べないようにしてみました

 

それまであまり気にせずフライやコロッケといった揚げ物を空腹にまかせて食べていましたが、夜に食べるのはやめました

 

食べるとしてもその量を減らしました

 

そしてその分、残ったフライを朝や昼に食べることにしたのです

 

効果はてきめんでした

 

圧倒的にお腹をゆるくする割合が減りました

 

肉にかんしても同じように朝か昼に食べるようにしました

 

そうして大きな改善が見られたので、私は調子に乗ってこんなふうに考えるようになりました

 

(( ^ω^)・・・おれはおなかが丈夫になってきたのではないか、少しぐらい夜おそく揚げ物を食ったって大丈夫ではないか?子供も妻も、平気で食っているではないか)

 

おなかペコペコで帰ってきて、香ばしいにおいを放ちながらフライが食卓にならんでいたらはしをつけたくなるのが人情というもの

 

(よし、・・・食っちゃおう)

 

リスクがあるのは知りつつも色々と試してしまう性格も手伝って、ある日わたしは妻が買ってきた少し大きめの魚のフライを空腹にまかせて平らげました

 

ーー案の定、お腹の敏感な私は次の日の午前中に会社で下痢をしました

 

・・・何度おなじあやまちをくり返したかわかりません

 

そうやってなんども失敗するうち、ついに私は夜フライを食うことをやめました

 

そのかわりに、フライやコロッケといった揚げ物たちは昼のお弁当の常連となりました

 

 

じつはこの”昼食に揚げ物”という食べ方には、たんにお腹にやさしいということにとどまらず空腹の感じ方に大きく影響しますのでダイエットとも関係します

 

これは食事の際にあぶら分をとることが血糖値の上昇と密接に関わっているためです(血糖値の上下は空腹感に影響をあたえます)

 

さらに血糖値の上下は、集中力の持続や気分の変化(イライラしやすくなるなど)とも大きくかかわっていると考えられているので、考えてみると実はけっこう様々な面に影響してくることなのです

 

ですから食事のとり方、とりわけ朝食・昼食に油っこいものを食べるかどうかというのは大事なことなのです(これについて、なぜそうなるのかあらためてお話ししたいと思います)

 

 ともあれ何度もお腹をこわしたり、調子を取りもどしたりしながら少しずつ調子のいい日が増えていきました

 

しかし、それだけではまだ完全にお腹の調子をコントロールするまでには至りませんでした

 

”よくない習慣”というのがまだまだあることに私は気づいていませんでした

 

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毎日、会社で腹を下していた私が快適な「腸生活」を手に入れるまで(1)

日本最古の医書『医心方』には、こんなことが書かれている

 

ーー「酪(らく)」を食べると疲れがとれ、便秘をやわらげ、肌をつややかにする

 

「酪(らく)」とは耳なれないことばだが、古代日本、つまり1000年以上前にあったと言われる食品なので聞きなれないのも当然

 

今で言う「ヨーグルト」に当たる

 

食べると便秘がなおる、さらに肌つやまでよくなる、そんな”薬”として医学の本に紹介されているのだ

 

このことを考えると、ヨーグルトに整腸作用があるということは1000前も現在も変わっていないということが言える

 

 

ところでお腹の調子を整えるために一生けん命ヨーグルトを食べているという人も多いと思うが私もその一人だ

 

じっさい、テレビを見ていると腸の調子を整えるお薬のCMが流れるが、その薬に含まれる成分の一つが乳酸菌だということがよくある

 

これを見て、「薬に入れるぐらいだから、やはり乳酸菌って効くんだな」と思って一生懸命スーパーで買ってきてヨーグルトを食べる

 

ところがヨーグルトを食べたからといってかならずお腹の調子が改善するかと言うとそうとも限らない

 

下手をすると(食べ方によっては)かえって調子を悪くする

 

このことについて以前、私はなぜそんなことになるのか、どういった点に気をつけて食べればよいかお話ししたことがある

 

qtaro-kujo.hatenablog.com

つまり、これ(↑)は私なりの見解だが、あながち根拠のないことではない

 

つまりヨーグルトを消化しその栄養を分解して吸収する能力というのには個人差があるということだ

 

お酒を飲める量に個人差があるように、ヨーグルトなどの乳製品を消化吸収する能力というのにも個人差があるということだ

 

ほんとうに、これはお酒と同じことだと思う

 

お酒を飲むときに悪酔いしないようにいろいろと対策があるように、乳製品を食べるときにも対策のしかたがある

 

 

ところで前おきが長くなったが、努力のかいもあって今となってはすっかりおなかの調子が改善した私である

 

むかしはほぼ毎日おなかをくだすか、そうでなければ軟べんだった

 

健康的な通じというのはめったになく、あっても今思えば色もよくなかったというのが振り返っての印象だ

 

 だから以前はこんなものだろうと思っていた

 

多少お腹をくだしても、別にそれが病気ということでもないし何かすぐに問題が起きるというわけでもない

 

少し苦しいが、そこを我慢すれば生きていける

 

過敏性腸症候群”なんて言葉も聞く

 

お腹が敏感なのは自分だけじゃない…

 

そんなふうに思ってあきらめていました

 

そんなものだろうと思っていました

 

でもちがいました

 

 

まず考え直すようになったきっかけは同僚の退職でした

 

同僚と言っても私がはたらいていた職場は年配のおじちゃんおばちゃんが多いところだったのでその人ももう60才近いおじちゃんだったのですが

 

からだを悪くして辞めたのです

 

それでその人が悪くしたというのが大腸でした

 

検査でひっかかり、調べてみたらポリープがあることがわかり・・・

 

とにかくこの先はいい話ではなかったのです

 

頼りがいがあってみんなに慕われ、本当の意味で会社を支えている存在でした

 

ただ一つ、顔の肌つやだけはよくありませんでした

 

何度か長期の入院と退院をくり返して、彼は最終的に退職しました

 

表面上では気丈にふるまいながらも、内心は相当なものがあったようです

 

 

これを機に「やはりお腹はだいじだな・・・」と思うようになりました

 

そんなこともあったせいか、私は三十代で内視鏡検査まで受けました(これについては、別の段で詳述しようと思いますが)

 

 

その後、世間でもさかんに”腸内フローラ”*1ということが言われるようになり、腸内環境を整える大切さが見直されるようになってきました

 

さらに私を驚かせたことがありました

 

最新の医学によると、”腸の働きが人間の考えや心にも影響をあたえている”というのです

 

これまで人間の心や思考はただ脳のはたらきだとばかり考えてきましたが、最近の医学では決してそんなことはないということがわかっています

 

たしかに下痢をしてトイレから出てきた後というのは元気がなく何をする気にもなれません

 

さらにそのあとに気がついたのは、私のばあい

 

腹の具合が朝の寝起きと直結している

 

ということでした

 

自慢ではありませんが昔っから寝起きには自信がなかったのです

 

あまりに寝起きが悪くて、そこだけ家族に恐がられるという迷惑なヤツでした

 

しかしそれはじつは毎回ではありませんでした

 

目ざめた瞬間からシャキッとしている日もあったのです

 

ただ、それはたんに「その日の調子」という言葉で片づけられて明確な理由というのはわかっていませんでした

 

ただ「うん、今日はなんかちょうしいいな」という程度にしか考えられていなかったのです

 

それがあるときふと思い至ったのです

 

「・・・もしかして腹のちょうしわるいとき寝起きわるい?」

 

それで寝起きとお腹の関係に注意しながらしばらく生活していましたが、やはり自分のばあいはっきりとした相関関係があるということがわかりました

 

寝ざめがわるい日はたいていおなかの調子もわるく、前の日の食事のとり方、飲食の仕方には必ずと言っていいほど反省点があるということがわかってきたのです

 

私は医者でも生理学者でもありませんが、この点について学術的な検証がなされることを期待しています

 

おそらく、ほぼ間違いなく相関関係があると思います

 

 

ーーともあれ、そんなことで

 

「ああ、やはりこれは腹のちょうしというのは思ってたよりも重要なのかもしれない」「腹のちょうしぐらい、と思って軽く見てると痛い目にあうかもしれんな」

 

と考えるようになりました

 

また

 

「おなかの調子を整えることによって、より快適に、健康に、そして自分らしい生活が送れるかもしれない」

 

とも思うようになりました

 

そんなわけでともかく、なにがいいのかわからないけれども腸によさそうなことを片っぱしから試しました

 

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*1:腸のなかのようすを顕微鏡でのぞいてみると、様々な腸内細菌が存在するようすがまるで花畑(フローラ)のように見えることからこう呼ばれる。腸のなかに住む細菌の種類は100種類とも1000種類とも言われ、菌の総数は100兆個とも600兆個とも言われている。ちなみに人間の体の細胞は37~60兆個。