Q太郎の『いぎなり怒らった』

~しみわたる一杯の水~

ものぐさにつける薬(2)

ものぐさにつける薬(1) - Qtaro_Kujoの『いぎなり怒らった』

(前回からのつづき)

 

「少しずつ分けてやる」

 

こう書くとかんたんなようだがじっさいにやってみるとなると、なかなかどうして

思うようにいかない

 

ちょうどいいところで仕事に区切りをつけ、

「今日はもうここまで!」

と終わらせてしまう

もしくは休憩に入る

そういうことが自分には意外にむずかしかったりする

 

わかりやすいのは家の掃除

 

「よし、きょうはココとココとココをきれいにしよう」

 

と意気込んで始めるのはいいが、とちゅう意外なところで予想外のことが起きたり思いのほかガンコな汚れだったりする

そうやって少し手こずったりすると時間内には終わらない

午前中に窓3か所をきれいにするはずだったのが、昼を過ぎてもまだ2か所残っている…

そうなるとどこで切り上げるかがむずかしい

 

下手をすると

「もう!○○のせいで全然進んでない!」

などと、けんかが始まりそうになっている

 

 

急に焦ってペースをあげるが、まもなく空腹にたえきれず

「もうダメだ…」

とラーメンを食べながら自分がイヤになっている

すでに疲れ果てているので午後から二回戦をやる気力もない

 

こんな調子なので次回また窓を掃除するときも億劫になる

 

 

「また今度にしよ…」

 

そうしているうちにますます手がつけられなくなる

 

こういう悪循環が続いていました

 

 

しかし、あることをきっかけに事態は変わりました

 

「小分けにしてやればいい」

「ちょこっとずつ、分解してやればいい」

 

たまたま読んだ本にそんなことが書いてあり、なぜか心にひびいたのです

それでちょっとしたことですが、掃除のときには「分解してやる」を心がけるようにしました

 

それから掃除を始める手がグンとラクになりました

 

気軽に始められるようになったのです

 

そのちがいはたとえばこうです

これまでは真っ黒になった窓の掃除をはじめるときの意気ごみはこうです

 

「よし、ここを全部きれいにしてやる」

 

しかし今の意気ごみは

 

「…ここを全部きれいにするのはたいへんそうだなぁ(気が重いなぁ)」

「じゃあとりあえずここだけやるか」

 

このとき、いままで

「ここをきれいにしてやる」

と思っていた

「ここ」

これを1とすれば、

「…とりあえずここだけやるか」

の「ここ」は

0.05ぐらい

極端にいえば5センチくらい歯ブラシでこすって終わり

「よし、今日はこれだけすすんだ」

となります

 

これは

「よし、これでぜんぶ終わった」

というのとはだいぶ違いますが、

5センチには5センチの達成感があります

 

「よし、5センチやるぞ」

と決意してほんとうに5センチやり遂げる達成感

「…おれにもできたな」

…という満足感

 

そしてずーっとこれをつづけていったときにおとづれる、ついに全窓がきれいに掃除される瞬間

「これでぜんぶだ…」

 

いまだかってすべての窓をきれいにできたということがなかったのに

(かわりに一つの窓だけ完璧にピカピカになっていたことはあった)

 

そこで今まで自分ががんばってきた足跡をたどり

もういちど満足感にひたろうと、最初に手をかけたところを見にいく

そこでみつける

 

「!!!また〇ビはえかけてるー!!!」

 

しかし、もう怖れることはない。

 

また5センチずつハブラシでこすっていけばいいのですから。

 

 

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