Q太郎の『いぎなり怒らった』

~しみわたる一杯の水~

「ウニヒピリ」(5)~ウニヒピリと対話せよ(?)~

このように考えてみれば、まずはみずからがその刹那刹那(せつなせつな)に抱く感情を受けとめてあげるということの意味が理解されるのではないでしょうか

 

ブルース・リーもこう言っています

 

"Don't think. Feel!"

("考えるな、感じよ")

(映画『燃えよドラゴン』より)

 

カンフー映画から生まれたこの言葉の意味が、今では新しい意味を持って聞こえてきます

 

「感じる」ことによって本当に大事なことを得られるのは、カンフーの世界だけの話ではない・・・と。

 

もしブルース・リーが「ホ・オポノポノ」を学んでいたらこんな風に言うのではないでしょうか

 

  「ウニヒピリ(=内なる自分)の声に耳を澄ませーー」

 

ちなみにこの"…感じよ"という有名なセリフはもともとは古い仏教の教えを背景にしたものです

少なくとも1800年ぐらい昔のインド人が書いたお経にまでさかのぼれます*1

それいらいこの教えが受け継がれて今の世になってブルース・リーの言葉を生んだと言えるでしょう

もちろん、日本でも禅宗をはじめとして受け継がれているようです

 

 

ともあれ「内なる自分の声に耳を澄ませ」、

自分がどう感じているか受けとめる必要がある、と「ホ・オポノポノ」は教えているわけですが、

 

さいごにもう一つやることがあり、これを忘れてはなりません

それが本当に「ウニヒピリ(=内なるもうひとりの自分)」を大切にすることにつながっています

 

それはたえずウニヒピリに対して言葉をかけてあげたり適切な方法で働きかけてあげるということです

 

 

たとえばもしあなたがなにか問題をかかえて重苦しい感情を抱いていたとします

 

あなたは(幸運にも)その感情をキャッチできたとします

 

そうしたら、その感情にむけてこんな言葉を投げかけてあげるのです

 

 

「ありがとう、ごめんなさい、ゆるしてください、愛しています」

 

これら4つの言葉は、ウニヒピリが自分に見せてくれた感情に対して返す「お返事」として用いられるもっとも代表的な言葉です

 

正直言いまして、どういうわけか筆者はこの言葉を心の中で読んだだけでなにかすーっと気持ちがラクになったのです

 

理由はわかりません

 

じつはこのハワイに古くから伝わる問題解決方法「ホ・オポノポノ」は、簡単には理解しがたい世界観にもとづいたものです

なかなか一言では説明できません

 

しかし心配はいりません

とにかく「ホ・オポノポノ」の良いところは誰にでもできるという点です

もし仮にあなたがその仕組みや世界観を理解しなくても、(たとえば)今の4つの言葉を感情にむけて投げかけてあげるというだけで「ホ・オポノポノ」は成立してしまうのです

 

また以前ご紹介したグリーンガムをかむとか、めん類を食べるとかいうこともこの「お返事」の一種です

 

このウニヒピリにたいして適切な言葉を投げかけてあげたり、適切な食べ物をたべたり様々なことをしてあげることは「クリーニング」と呼ばれています

 

これを筆者はウニヒピリがみせてくれる様々な感情に対して「お返事」すると訳しました
これも「クリーニング」という考え方を理解しやすくするため、筆者なりに言葉を置き換えてみたものであり言わば「超訳」とでもいうものです

 

ですからあくまで「ウニヒピリ」と言う存在、「ホ・オポノポノ」というメソッドへの入り口・きっかけとしてとらえていただければと思います*2

 

*1:龍樹『大智度論』に「指月の譬」について言及されている

*2:これについて専門家からは「少し強引な訳し方ではないか、ホ・オポノポノの厳密な考え方にそっていない」などと異論があるかもしれません。それは承知であえてこのような説明を試みたものであり、冒険的な用法と言えるかもしれません。建設的なご意見・ご指摘につきましてはぜひお寄せいただきたく思います