Q太郎の『いぎなり怒らった』

~しみわたる一杯の水~

毎日、会社で腹を下していた私が快適な「腸生活」を手に入れるまで(4)~「小さな豆」への「大きな誤解」~

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テレビの情報番組では、納豆が健康長寿をもたらす側面ばかり注目されます

 

しかし、じつは納豆も消化しづらい食べ物の一つです

 

水に溶けるタイプの食物繊維も豊富に含まれていることから、ほんとうはお腹の調子を整えるという意味でもとっておきたい食品であることには違いないのです

 

ところがここに一つだけ難点があります

 

消化しにくいということです

 

◆納豆は消化しやすい食べものか

 

これももちろん個人差があります

 

納豆何パック食べても平気だ、という人もいればパック半分食べただけでも具合が悪いという人もいます(私のように)

 

ただし納豆が消化しにくいと言っても、ニンニクのように食べてすぐ下すというわけではありません

 

たとえば食パンとかお茶漬けというのは、朝食べてから会社に行き、仕事をしていればあっという間にお腹がすいてくるのがわかります。

 

どちらもひじょうに消化しやすい食べ物です

 

ところが「朝、ガッツリ食ってがんばろう」などと意気込んで納豆ご飯にお味噌汁という典型的な朝ごはんを食べてくる。そうするとハラもちが良くて助かるのはまちがいありません。でもその代わりいつまでたってもお腹がすいてこない。それだけじゃなく重苦しい不快感がいつまでも胃のあたりに残っている・・・そんな状態になった経験はないでしょうか?

 

そしてだいたいその後お腹の調子がいいということはありません。

 

そんなことが起こるのは、いったいナゼなのでしょうか?

 

 

◆豆の消化をさまたげるもの

 ヒントは意外なところに転がっていました

 

あるとき、帰省した私は父とビールを飲んでいました

 

サラリーマンだった父は退職後に実家の畑にいろいろな野菜を植えるのを楽しむようになっていました

 

もともとは「野良仕事」をきらって花ばかり育てていた「園芸家」の父でしたが、気がつくと花づくりで培われていたスキルをそのまま応用しプロ顔負けの”野菜作りの達人”になっていました

 

その収穫物の中に枝豆があり、ビールのあてとしてその日の食卓に並んだのです

 

ところが父はそのとき意外なことを口にしました

 

「今年は豆が豊作だ。こんなにとれても、ひとにあげるにも限界があるし最後には自分で食べるんだけど食いすぎると腹をこわすんだよ

 

そりゃあ、なんだって度を過ぎて食えば腹をこわすでしょう。しかしかれはもう一つ、重要なことを付け加えました

 

「でも食う時にこのうす皮を出して食えばなんぼ食ってもだいじょうぶだ・・・」

 

 

ーー枝豆というのはよく見ると外がわの固いカラのほかに、豆ひと粒ひと粒にさらに薄い皮が一枚かぶっています。彼が「うす皮」というのはこれのことです。これさえ食べなければいくら食べても平気だよ、と彼は言うのです

 

そんなことがあるだろうか…と思って彼の言う通りにしましたが、その日は飲み過ぎたこともあってか腹をこわしました

 

しかし、あとでよく考えてみると確かに薄皮とはいえ消化の負担になったとしてもおかしくはないことに気づきました

 

 

●そら豆と薄皮

そら豆という豆があります

 

私が以前はたらいていた和食のお店では時期になると毎年お店のメニューには「そら豆」がならんでいました

 

夏場になるとお客さんがビールのアテに、とそら豆が飛ぶように売れ私は一生懸命仕込みをしました

 

枝豆と同じように塩ゆでし、お客さんに出すのですがふつうそら豆の薄皮を食べる人はいません

 

むろん、固くて食べづらいからです

 

これは揚げたそら豆のことを考えるともっとはっきりします

 

そら豆と言ったらこっちの方がピンとくるという人もけっこういるでしょう

 

スーパーの乾きものコーナーでもよく見かける”揚げた”そら豆は、外がわが固いカラにおおわれています。フライされて中身も皮も茶色く変わっていますが、もともとはどちらも枝豆と同じようにきみどり色をしています

 

このカラはいくら噛んでもなかなか噛み砕かれず、結局は口の中に残ってしまいます。

このカラを見て、「消化しやすそうだな」と考える人はまずいないでしょう

 

このように考えてみると、(農家である父が言うように)枝豆のうす皮だって同じように消化しづらかったとしても不思議はないよなーーそういう結論に至ったわけです

 

 それで私はまず、枝豆の薄い皮を食べるのをやめました

 

 ◆エダマメ=大豆?

 

こうして枝豆の薄皮を食べることをやめた筆者でしたが、このときはまだ納豆の食べ方を変えるまでには至っていませんでした

 

あいかわらず朝食に納豆を食べては、お昼までなんとなく胃の辺りの不快感がぬぐえない・・・ということを繰りかえしていたのです

 

しかし、そのうちに”自分は納豆をくうと腹の調子がわるくなるのではないか?”という疑問は芽生え始め、それと同時に”体にいいはずの納豆がお腹に悪いはずはない、こんなうまいものが体に悪いなんて、信じたくない。みんな平気で食っているし…”という思いとが葛藤するようになりました

 

そんな中で、ある考えが頭に浮かびました

 

「・・・納豆って大豆を発酵させたものだよな?・・・枝豆も大豆だ、って聞いたことがあるぞ(なんかカタチがちがうけど)・・・そういえば納豆のマメにもうすい皮(殻)みたいのがついてるけど・・・あれってもしかしてエダマメについているうす皮とおなじものなんじゃないか?」

 

そうなのです。

 

じつは枝豆と大豆というのは同じものなのです

 

これは聞いたことがある、という人は多いでしょう

 

畑に大豆の種(=大豆のマメそのもの)を蒔いて育てると、何ができるかというともちろん大豆ができるのですが、その前にあるものができます

 

それが枝豆です

 

枝豆というのは(学者の言葉を借りれば)「大豆の若もぎ」、つまり若いうちにもぎとったものなのです

 

豆の枝にぶらぶらと生えることから枝豆と言われるんだろうということが容易に想像がつきます

 

この青々とした枝豆を、とらずに放っておくとだんだんと豆のさやが茶色く枯れたように変色してきて、さいごにはまん丸い大豆ができます

 

”枝豆と大豆は同じもの”

 

(・・・なんどもそんな話を聞いたことはあるが、それって本当にほんとだろうか?)

 

そんなふうに思っている人は私だけではないと思うのですが、このように簡単には信じがたい理由として挙げられるのが第一にどう見てもエダマメと大豆ではカタチがぜんぜん違います

 

大豆(ダイズ)というのはまん丸い形をしていて色は白っぽく、持つと重さも軽く感じますが、それに対してビールのつまみとしてよく食うエダマメというのはきみどり色をしていてなんとなく平べったく、少し反ったような形をしていることもあります。食べた感じもぜんぜん違います

 

ですから”同じものだよ”と言われても今いちピンとこないのもむりはありません

 

ですが。

 

間違いなく枝豆とダイズは同じものです

 

なんでそんなことが言えるのか。

 

去年ベランダで育てたからです。

 

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