Q太郎の『いぎなり怒らった』

~しみわたる一杯の水~

今回のアメフト・反則問題について ーーほんとうに恥知らずなのは独り日大だけなのか?

今回の日大アメフト部の試合中に悪質な反則が起きた問題について、連日さまざまな意見が飛び交っている

 

しかし、この一連のやりとりを見ていて、とりわけ日本大学の広報部のコメントを目にし”既視感”にとらわれたという人は私だけではなかっただろう

 

「・・・なんか同じようなやりとりをどこかで見たような気がするけど・・・」

 

”既視感(デジャヴュ)”とは本来の意味では「ほんとうは見てはいないのだがなぜだか不思議と見た気がする」ということになるのだろうけれども、今回のは違う

 

実際に見て、耳にしている

 

それも私一人の個人的な体験ではなく

 

ずーっと同じようなやりとりを耳にし続けてきた、この何か月

 

日本全体がもう、耳に慣れてきていたはずだ

 

このやりとりが

 

今回、日大の試合でラフプレーがあったことで一番得しているのは誰だろうか?

 

ワイドショーの見出しトップは一気にこの問題に一色に塗りかえられた感がある

 

国会での野党の追及は、現在、新しい段階に進みつつある

 

どういうわけか、次々に新しい資料が出てくる

 

「都合の悪いことは隠そうとしているんではないか?」

 

どんなに国会に興味がない人であっても、そんな疑問を持たない人がいるだろうか

 

「指導者による指導と選手の受け取り方に乖離(かいり)が起きていたことが問題の本質と認識しており・・・」

 

というのが日大が大学として出した回答だった

 

こうなってしまってはもう取り返しがつかない

 

猫も杓子(しゃくし)も、国会答弁を真似しはじめている

 

今や、北朝鮮があまりにもミサイルを発射するものだから、まだ字も読めない幼稚園児でさえミサイルは「キタチョーセン」から来るということを知っている

 

そのうち保育園児ですら

 

「あいつが勝手にソンタクしたんだ、ボクわるくないもん!」

 

などと言いだすのではないか

 

加えて大学というのは教育を行う場所だ

 

つまり人をつくる場所だ

 

そこで作られた人々が、社会にはばたいていく

 

あるいははばたけずいく

 

そのひとりひとりが世の中を結局作っている

 

そう考えれば高度な公益性、公共性をもった事業体だと言うこともできる

 

その事業体をもってしてこの醜態をさらしている

 

二十歳そこそこの、若いと言っても言い足りない若者である

 

その人に記者会見までさせてしまっている

 

見上げた根性とでも言えばいいのか

 

いったい、この丸刈りの、さわやかな風のある青年を見て特攻隊の青年たちのことを思い出した人も多いだろう

 

いったい、どうしてこうもいつの時代も若者が犠牲になるのか?

 

日本という国は70年前から一歩も進歩していないというのか?

 

もういちど聞きたい、猫も杓子(しゃくし)も、なのだ

 

猫もしゃくしも真似しはじめてしまっている

 

あまりにもニュースで、テレビで、新聞でネットで毎日のように同じような話を聞かされて、もうすっかり覚えてしまったのである

 

こうなってしまっては、首相が直接かかわったかどうかなんていうのはどうでもよくなってしまっている

それを通りこして事態は進行してしまっている

 

国会論戦はおおいに結構だが、

 

私は問わずにはいられない

 

「総理、あなたは今回、反則問題について責任を感じないのですか?」