Q太郎の『いぎなり怒らった』

~しみわたる一杯の水~

1時間半歩きつづけた結果、オレのカラダだけじゃなく心にも起きた変化

市中心部までの5㎞ぐらいの道のりを、気が向けば歩くことがある。

 

車で20分ぐらいの距離は、歩けば片道1時間半はかかる。帰宅後、「どうやって帰ってきたの?電車?」ときかれるので、歩いて帰ってきたと言うと

 

「バカじゃないの?!」と言われる。

 

「ふつうでしょ」と返事をすると秒速で「バカじゃないの?」とまた返ってくる。

 

 

震災でインフラが停止したときには仕方ないからみんな歩いて帰ってきただろう。でもそうでもない限り歩く距離ではない。

 

そんなことをやっているからヘンなヤツだと思われるのだが、なぜこんなことに挑むのか?

 

そもそも1時間半もぶっ通しで歩きつづける、なんてことができるのか?できるとしたらなんでそんなことするのか。

 

これには深いわけがある。いや、わけはいいとして案外いいものだということをどうしても言いたかった。

 

1時間半も歩いていると不思議なことが起こってくる。

 

まずこれだけの時間を歩くうちにとっくに有酸素運動に突入している。だから体の中でいつの間にかなにかのスイッチが入って活動モードに入っている。心臓の鼓動も速くなっているし、脂肪もガンガン燃えているにちがいない。

 

体が熱く燃えてくる。これが一つ目だ。しばらくは体の中からほてるような感じが消えず、小さいころにプールに入ったときのような感覚になる。コアマッスルが発熱し、深部体温が上がっているはずだ。深部体温が上がるということは免疫力の向上という効果も期待される。(ちなみにこのあいだたまたまタニタの体重計に上がる機会があったが、内臓脂肪は9段階のうちの最低レベル、基礎代謝は9段階のうちの最高レベルだった。)

 

さらに変化が現れるのは体だけではない。ボーッ・・・としていた頭の中もスイッチが切り換わり、いつのまにかモリモリとやる気が湧いてくる。初めはとりあえず歩き出しただけだったのが、どこまでも歩いていきたい気分になってくる。歩いて行ける気がしてくる。

 

体じゅうから汗が噴き出て、気分がハイになっている。さっきまで家でゴロゴロして「あ~、出かけるのだりぃな~・・・」などと言っていたのが嘘のようだ。

 

駅までの道のりはほぼ平坦な道がつづく。しかし終盤にさしかかるとけっこうな登りの場面もあって、おおげさにいえばゴールまでに箱根駅伝さながらのドラマがあると言ってもよい。

 

 

ただ、こんなことを体力に自信があってやっているわけではない。

 

小学生のころに登山に行ったときには同級生のペースについてゆくことができず、だいぶ苦労したことをおぼえている。高校生のときには自転車で数10㎞離れた海まで行ったこともあったが、そのときも仲間にだいぶ置いていかれた。

 

だから体力については自信よりも劣等感のほうががはるかに大きいのだが、なぜか性懲りもなくまた挑戦しようとしている。

 

自信がないからこそそれにこだわっているのかもしれない。ふつうの人がやろうとも思わないような距離を、自力で歩いたり走ったりすることで、それを補おうとして。人間にはそういう心理があるということを、ある心理学者も指摘している*1

 

しかしきっかけの一端になっているのは、昔、祖父や祖母から聞いた話だ。

 

だれしもがじいちゃんとばあちゃんを持っている。親や祖先に抱く思いは人それぞれだとは思う。なかにはじいちゃん・ばあちゃんの顔を見たこともないという人だっていると思う。じいちゃんが二人、ばあちゃんが二人だれにも必ずいる。それを意識することもなく生きている人も世の中にはいるはずだ。

 

そういう人であっても”自分の祖先がどんな人だったか”に多少なりとも関心があるだろう。まして家族として暮らしていれば大きく影響されることもある。

 

そしてたまたま祖母に聞いた話によって、少々おおげさに言えば今の自分が後押しされてもいる

 

 

祖母が小さいころ、町までの道をよく歩いたそうだ。

彼女が育ったのは旧い街道ぞいにある小さな町。隣りの町まで約5㎞、いまの自分がおかれている状況と似ている。

 

隣りの町は昔からこの地方の「中核」とも言える都市で、江戸時代からは城下町として発展してきた。当時ジャーナリストでのちに首相にもなった石橋湛山という人は戦争末期にこの町に疎開してきたことがあるが、のちにこの時のことを思い出してこの町を「小さな都会」と表現している*2。そこから約5kmほど行ったところで、彼女は暮らしていた。

 

ところで「おじいちゃんこ」「おばあちゃんこ」という言い方をするが、祖母はそのどちらでもなく「お母さん子」だったらしい。よく母親のことを話していたし、また気がつくとよく仏壇の前に座り、母親の名を呼んで涙を流していた。そういうことをたびたび目にした。

 

まだ小さかった祖母はその母親に手を引かれて、隣りの町まで歩いていった。

 

 

その後数十年の時が過ぎ、孫の私がはじめて隣り町と自分の家の間を歩いたのは成人式の帰りのことだ。

 

夜遅くまで飲んで、交通手段がなくなった。タクシーでも呼べばそれまでなのだが若かったこともあってか友人たちが歩こうと言いだして自分も歩くハメになった。そんなわけでこのときは自主的に歩いたわけではない。

 

祖母が幼かった昭和初期には、タクシーはおろかバスすら通っていなかったそうだ。大雪が降ったら今であればでっかいブルドーザーがタイヤチェーンの音を響かせながら、まだ夜も明けやらぬ時間から動き出して除雪してくれる。でも昔はそんなのもないし、今のように除雪のインフラが整っていない。だからみんなして雪を踏んで固めて道をつくってそこを歩いたと言うからずいぶん時代がちがう。

 

この地域は東北でも有数の雪深いところで、私が小さいころまでは大雪が降ると1階まで埋もれてしまって2階から出入りするということもよくあったらしい。

 

どういうわけか今ではそんな話も聞かなくなったが、とにかくそんなふうにして踏み固められた道を、幼いころの祖母はその小さな手をとられて隣の町まで歩いていったという。

 

そして以前聞いたそんな話を、ふと思い出しては

 

「車で行ってもそれなりの距離なのに、小さな子供が歩いて往復するなんていうことがほんとうにあるのだろうか…」

 

と思ったり、

 

「でもそんな小さな子供にできることが自分にできないわけはないよな…」

 

などと考えたりした。

 

「小さな子供」に敗けているという思いもどこかにはあった。しかし当時の人にとってみれば悔しいもなにもなく、それが当たり前のことだったのだろう。

 

「なんでバスで行かなかったのか」と聞くと「バスなんかないから乗れるわけもない」という答えが返ってくる。

 

とにかく昔の話を聞いていると自分の想像を飛び越えた世界がそこにあるから話がなかなかかみ合わないのだが、逆にそこがおもしろかったりする。当時は今と比べてかなり経済が遅れていたようだから、どうしても近所で手に入らないものがあると隣の町に行くより手だてはない。自家用車はもちろんバスも通っていないから、歩いていくしかないし、誰もかれもそれが当たり前という世の中だったということになる(今ではネットでなんだって買えるのだが…)。

 

 

――家族にそんな話をすると即座に「今は平成の時代だよ!なにバカなこといってるの!」という答えがかえってくる。「そうか?」と言いながらも(…人間ってのはほんらいはこうやって隣りの町まで歩いて往来して生きてきたんだよな…)などと頭の中で考えていたりしている。

 

ただどちらにしても歩いていると爽快な気分になってくるのは確かだし、妙な自信もみなぎってくる。さっきまでモヤモヤしていたのはなんだったのかというくらい気分も昂揚してくる。モヤモヤとか悩みなんてしょせんその程度のものだと思えてくる。

 

 

もう一つ、「ナニ言ってんの!」と言われることがある。

 

それは「旧日本軍の兵隊さんは、何十キロもある荷物をしょって一日に20㎞も行軍したんだぞ」という話だ。

 

その話を妻にすると「その話は何度も聞いた」と言われて終わりだ。もちろん、これも戦時中のことだから昔の話と言ってしまえばそれまでだ。

 

しかし自分の同級生に聞くと、幼いころに自分のおじいさんから戦争に行った話をよく聞かされて育ったというのをよく聞いた。戦争の話になると、急に活き活きと話し始めて聞かされるから困るというのだ。

 

私と同年代の人には、そういう経験があるという人が多いと思う。私の祖父世代というのは、だいたい若いころ兵隊にとられて、たまたま運がよくて帰ってきたという人だろう。ちなみに私の二人の祖父はどちらとも戦争から帰ってきた人で、二人ともロシアで捕虜になっている。片方はシベリアに抑留され、もう一人は途中で(なぜか)朝鮮に移送されて強制労働をさせられていたが、うまく抜け出して月のない夜に脱走してなんとか引き揚げてきたそうだ。

 

いずれにせよ、じぶんたちのおじいさんが実際に戦争にいってたいへんな思いをして帰ってきたという話を直接聞かされて育ったということは男の子の人生観に大きな影響を与えたに違いない。

 

「自分の体重と同じぐらいの荷物を背負って、日に何十キロも歩かねばならない」という話を聞いたときに、「…ひと事ではない」と急に焦ったという男は私だけではないはずだ。

 

「…男に生まれたからには、いつか戦争に行って死ぬかもしれない」

 

そんな意識がいまだに頭のどこかにあるのは、きっと私だけではないだろう。

 

つまり、「もし戦争になって一兵卒として徴兵されたたときに、荷物を背負って長い距離歩けなくては大変だ」ということだ。

 

馬鹿げた考えだということは重々承知だ。現実的にはもし現代の戦争でこんなことをしていたら、確実にその国は敗けるだろう。しかし、そういうことではない。戦争が起きたときに、最低限は対応できる体力は養っておかなければならない――。自分でも笑ってしまう考えだが、男ならどこかで共感できるのではないだろうか(?)

*1:アドラーのこと。彼によると、サーカスの団員とかことさらに体力を要する職業についている人は、じつは幼少期に体力的・肉体的なコンプレックスを強く抱いた経験を持っている人が多いということを指摘している。アドラー心理学の重要なキーワードの一つが人間の持つ「劣等感」であり、その文脈において彼はこのことを指摘している

*2:石橋湛山『湛山回想』